daikosh's blog

1日1アウトプット

仏教の悟りとは。ー釈迦と科学1ー

 

さあついにやってきた。最新の科学が解き明かした世界と釈迦の説いた悟りの世界が重なり合う。正直言うと、今までの仏教の歴史の紹介は今回の内容を語るための前座にしか過ぎない。それでは認知科学者の苫米地氏著『お釈迦様の脳科学』を参考に、仏教の悟りについての一結論とその意味について書きたいと思う。

 

お釈迦様の脳科学 釈迦の教えを先端脳科学者はどう解くか?

お釈迦様の脳科学 釈迦の教えを先端脳科学者はどう解くか?

 

 

まずは、苫米地氏の考える「空」と「縁起」について説明したいと思う。どちらの概念も「釈迦の悟り」のことを指している。

 

いきなりだが、この世界は何でできているかご存知だろうか。おそらく高校では原子という最小の粒でできていると習ったはずである。ではその原子は何でできているのだろうか。実は原子も素粒子という粒で出来ている。ではその素粒子は?といった具合に理論的には永遠に細かくして問うことができてしまう。では、現在の科学はどのように世界を見ているのか。実は紐のようなものが振動しているのではないかという仮説が有力だ。その紐が振動すれば「有(素粒子が出現)」となり、振動しなければ「無」ということになる。そしてその振動の周波数によって、素粒子の種類が変わるのである。ここでいう紐は、むしろ物理的な紐を差すのではなく、分かりやすくするための表現方法の一つである。むしろ振動自体が存在すると考えたほうが自然かもしれない。この理論を超ひも理論という。実はこの世界の原理こそが龍樹が説いた「空」という概念だと苫米地氏は言っているのだ。つまり「空」は「有」と「無」を包摂したものである。

ここで『般若心経』の「空即是色、色即是空」という部分を思い出してほしい。これは「空とは色(物質、有)のことであり、色は空である。」という意味であると以前に説明した。しかし、これは上で説明した超ひも理論の描く世界と少しズレが生じている。なぜなら、空は有だけではなく、無も含んだ概念であるからだ。従って、苫米地は以下のように修正している。

 

「色即是無、無即是色、空包摂色、空包摂無」(『お釈迦様の脳科学』より)

 

これを訳すと「色(有)は無であり、無は色である。空は色を包摂しており、空は無も包摂している。」となる。つまり、空とはこの世の中の抽象度が最も高くなった存在ということになる。

例を上げてさらに詳しく説明しよう。例えば「犬」の抽象度を上げると例えば「動物」になる。ここで「犬」は「動物」より情報量が多いが、「動物」は「猫」や「馬」を含んでいるため、抽象度は高い。「動物」の抽象度を更に上げると例えば「生物」となる。同様にして抽象度を上げていくと「生物」→「有機物」→・・・→「有」と最終的に「有」に行き着く。この「有」と「無」を含んでいるものが「空」になる。従って「空」は最も抽象度が高いものであると同時に、最も情報量が少ないものである。

 

本当は今回の記事でこのシリーズを終えたかったのだが、時間の都合上書ききることができなかったので次回に続く。

 

(明日に続く)