daikosh's blog

1日1アウトプット

保険相談に行ってきた。

 

慣れというものは恐ろしいもので、数日間ブログをサボっているとだけでブログの記事を書くモチベーションが一気に下がる。これは筋トレや楽器の練習などにも言えることである。というのも、卒業旅行から返ってきてすぐに、エキストラとして参加しているアマチュアオーケストラの本番を迎えたため、忙しかったのである。なるべく早く、以前の習慣に戻れるよう努力したいと思う。

 

さて、今日は内定先企業の課題である2回目の近況報告書を書き、保険の相談に行ってきた。今年の3月までかけていた保険が満期を迎えるため、一度リセットされた状態となってしまうからである。保険の話は非常にややこしく、終身保険養老保険医療保険がん保険など様々あり、騙されないよう気をつける必要があるのだが、丁寧に説明してもらい、おおよそ理解することができ。今後、他の保険会社と見比べて最も納得のいく選択をしようと思う。結局保険というものはその事象が何か起こらない限り、お金を払い続けているだけである。従って、最も損をしないという考え方より、納得の行く選択をするべきだと思っている。つまり、総合的な判断というものが求められているのだろう。独り立ちする日が着々と近づいている中、今日は一社会人になるという実感を少し感じた一日であった。

ブログ更新頻度の変更。

 

今朝無事クアラルンプールから帰国したわけだが、結果的に毎日更新ができずに4日間のブランクができてしまった。これに伴って毎日更新の記録を伸ばす必要性がなくなったため、これを気にブログ更新の頻度を変更しようと思う。というのも、ブログの記事を書く時間によって読書時間が取られていることが前々から気になっていたのだ。基本的に毎日23~24時の間にブログの記事を書くことにしているのだが、これからは曜日ごとに変更しようと思う。月水金日を読書に当て、火木土でブログを更新していこうと思う。これによって、ブログの記事のネタを探すのにも余裕ができる上、読書時間も確保できるはずである。

ちなみに、機内でブログの記事を書くことはせず、行きの機内ではジョーカー、トイストーリー3の2つの映画を観て、帰りは夜の便だったので寝ていた。ジョーカーについてはまたレビューを書きたいと思う。

 

以上、クアラルンプールは楽しかったけど疲れた~!ので早く寝ます。

クアラルンプールに行ってきます。

 

明日からマレーシアのクアラルンプールへ4日間ほど旅行に出る。研究室の同期との卒業旅行である。マレーシアといえば、、、そう特になにも浮かばない。ペトロナスツインタワーという世界一高いツインタワーやブルーモスクなどがあるが、これらもほとんど知られていないのではないだろうか。ではなぜここに行くことになったかというと、遠すぎない国で、誰も行ったことがなかったからである。

マレーシアという国は自国優先国家として有名である。マレー人を優遇する政策を取っている閉鎖的な民主国家である。これに嫌気が差した華人がマレーシアから独立して作った国がシンガポールである。こちらはマレーシアとは反対に、超開放的な独裁国家で、明るい北朝鮮とも言われている。知っている人からするとこれら話は常識かもしれないが、案外知らない人が多いのではないだろうかと思ったので少し書いてみた。現に私も数ヶ月前までは知らなかった。

 

ということで、ブログの更新が滞ってしまうかもしれない。7時間のフライト時間中に、できるだけまとめて記事は書いておこうと考えている。ネタは溜まっているのだ。

新型コロナを持ち帰らないように注意して行きたいと思う。

試合の流れ。心理学。

 

今日は初めてバレーボールの試合を生で観戦した。ライブでの試合はやはり選手達や観客ん熱気が伝わってきて、迫力があった。。。と言いたかったのだが、残念ながらそこまでは感じられなかった。座席はよかったし、試合自体も大変盛り上がったのだが、テレビで観戦しているときとそこまで大きな差異は感じられなかった。まあ感想はこれくらいにするとして、、、

今回の試合のように接戦している試合を観戦していると、やはり試合の流れというものを感じられずにはいられない。2点連続、3点連続と点が入ってしまうと、点を入れてる側はノリにのるわけで、反対に入れられている側は焦りはじめてくる。試合の流れというと何か試合という事柄自体が何かの力を持っているような言い方であるが、実際にはプレイヤーや観客の心理的な伝染が根源であるはずだ。つまり、連続して点を取った側は言葉通り調子に乗ることでパフォーマンスが上がり、取られた側はまずいと思ってしまうことで体が強張るのである。これが自然な人間の反応だ。反対に言えば、こういった場面でも平常心を保つようにメンタルコントロールできる人、チームは強いのだろう。

こういったことを学問するのがスポーツ心理学だと思うのだが、おそらく同じようなことが経済活動や社会にも言えるわけで、社会の中での人間の心理学を学問するのが社会心理学なのであろう。

話がまとまらなくなってきたが、何が言いたいかと言うと結局人間中心の世界においては人間の心理に物事って影響されてるよねということである。

 

以上。

 

修士論文。提出。完了。

 

タイトル通り、修士論文を提出した。開放感はないと言えば嘘になるが、公聴会終了時ほどではない。なぜならば、何の緊張感もなく、事務のおばちゃんに修士論文を提出するだけだからだ。

 

長かった学生生活もいよいよ終わりが見えてきた。残り1ヶ月半、悔いの無いように過ごしたいと思う。と言ったところでいつもどおりの春休みになりそうである。

作業用BGM。しっぽり。環境音楽。作業効率。

 

今日はいつも私がよく聴いているBGMの紹介をするというだけの手抜き記事である。

そのBGMの名は夜にしっぽり聴きたい洋楽集 One quiet night : Relaxing Backgroundである。このBGMにお世話になってかれこれ2年程経つだろうか。このBGMを流すと、自然とリラックスモードのスイッチが入り、心地よくなるのだ。このブログの記事を書いている最中もよく流しているし、今も流れている。

 

ただし、本気で何かの作業に集中したいというときには【癒し系】自然音 夜通し焚き火 "Bonfire all night long "を流している。これは作業効率が最も上がるのが自然環境音楽を聴いている時だという事実に基づいている。人間という生き物が自然の中で生きる動物の一種であるということがよく分かる。自然の中が一番集中できるのだ。

反対に、自分の好きな音楽を聴きながらの方が勉強や作業が捗ると言う人がいるが、実際には好きな音楽を聴くことで高揚感や達成感が得られ、捗っている気になっているだけなのだそうだ。そして作業効率は音楽を聴かないときと比べて落ちてしまうようだ。好きな音楽であればあるほどその音楽の方に気を取られてしまうのは自然なので、当然といえば当然である。ただし、自分の好きな音楽を聴くことはやる気スイッチを入れることには役立つらしい。従って、好きな音楽を作業を始める数分前に聴き、自然環境音楽に変更するというのが理想ということになる。

これらの知識は全てあのメンタリストDaiGoからの受け売りである。自らの目で論文を読んだわけではないのでどこまで正しい情報かは分からないが、まあ実感としてはあながち間違ってはいないかなあと思う。私の場合、焚き火の音を聴きながら作業し、最も集中できているときには、焚き火の音が完全に消える。これは完全に作業に集中できているという証拠なのではないかと自分の中では考えている。いずれにせよ、私は上記2つを主に使い分けながら作業していることが多い。

 

以上、みなさんはどんな音楽を聴きながら作業していますか?

 

 

 

正しい処方箋を出すことと薬の与え方。伝え方。

 

マクロン氏はフランスが抱えている病に対して正しい処方箋を出しているものの、薬の与え方が間違っているからだ。

日本経済新聞(2020年2月12日)の社説より)

 

これは今朝の社説にあった締めの文章であり、うまい比喩だなと思ったので取り上げてみた。この社説では、フランスの現大統領であるエマニュエル・マクロン氏の政治活動を批評していた。昨年度に始まった黄色いベスト運動に引き続き、労働組合の反政府ストライキは未だに続いているようだ。

今回の記事ではフランス情勢の話ではなく、この比喩に出てくる「薬の与え方」の難しさについて話したいと思う。ここでいう薬の与え方とは、思いの伝え方と変換して差し支えないだろう。何事においても伝えるというのは非常に難しい。こうすれば必ず伝わるとといった「魔法のコトバ」は存在せず、状況や環境に応じて適宜考え出す必要ある。特に現代ではテキストメッセージを使うことで顔を合わさずにコミュニケーションを取ることが当たり前な時代であるが、その分誤解や勘違いなどが増えているはずだ。確か、面と向かって話す場合と言葉だけで話す場合では、誤解する確率が大幅に増加するといったデータがあったはずだと思ってググってみると、メラビアンの法則というものを見つけた。

 

言語情報(Verbal:7%):話の内容、言葉そのものの意味
聴覚情報(Vocal:38%):声の質・速さ・大きさ・口調
視覚情報(Visual: 55%):見た目・表情・しぐさ・視線

メラビアンの法則の誤解を解いて、伝える力を飛躍的にアップさせる方法より)

 

もちろんこれは限定的な環境下での実験から弾き出された値であるため、数字自体にはあまり大きな意味はないと思われるが、傾向は十分見て取れるだろう。ここで注目してほしいのは、視覚情報でさえも55%となっている点である。人間が意思疎通することがいかに難しいかを表している。このような話になった時にいつも思い出す言葉がある。それは神殺しの哲学者、ニーチェの言葉である。

 

事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである。

フリードリヒ・ニーチェ

 

我々はどうしても「彼がこういう発言をした」という事実ではなく、直接「彼はこういう考えを持っているから彼の発言はこういう意味だろう」といったような思考をしてしまう。もちろんこれはおそらく人類が獲得してきた想像力という他の動物にはない特殊能力なのだろうが、これが返って大きな誤解を招くこともしばしば見受けられる。その一つの例が今回取り上げたマクロン大統領の話である。マクロン氏は正義感溢れるエリート中のエリートである。そんな彼の主張や政策に従っていれば、おそらくフランスという国は良い方向に向かうはずである。しかし彼の態度やキャラクターが国民からの反発を生み、そうさせないのである。正しい処方箋出しているだけではいけないのである。薬の与え方まで考えて、初めて立派な医者になれるのだ。

 

これは何も国のトップにだけ言える話ではなく、我々も念頭に置いておく必要があるはずだ。『伝え方が9割』というビジネス書が売れていたが、まさに薬の与え方についての本であろう。また今度読んでみよう。