daikosh's blog

1日1アウトプット

『壁』を読んで。~補足~

 

以前に安部公房著『壁』についての記事を投稿したわけだが、内定先企業の課題ということで800字程度という制限があった。今回は、それに収まりきらなかった部分について書き足したいと思う。

 

 

上の記事では、微笑みが究極の無表情であり鉄の防壁だという話から、日本の文化である海外の人からすると不可解な微笑みにつなげて話を展開した。作中の文章を引用していたのだが、文字数制限のために重要な部分だけに集中し大幅なカットをしている。今回の記事では書き足りなかったことを補足したいと思う。

 

前回の記事で引用した箇所は、『壁』の中に編纂されている二作目の「バベルの塔」という作品に登場する。主人公は影を「とらぬ狸」に盗まれるわけだが、その後その狸に連れられてバベルの塔の中に入る。その中には「とらぬ狸」がたくさんいるのだが、全員ニヤニヤと微笑んでいるのだ。そして、その理由をある狸が説明するのである。

 

そしてついに目玉の害を克服する方法を発見することができた。それは微笑ということだった。一見つまらぬことのようだが、これは偉大な発見だった。ジェームス氏も言っているように、感情によって表情がつくられるのではなく、表情によって感情がつくられるのだ。ところで、一般に微笑はその字の示すごとく小さな笑いと考えられているが、それは間違いだ。その説明のために一つ、笑い、悲しみ、恐怖を各頂点とする三角形を想像していただきたい。これを表情の三角形と呼ぼう。さて、その中点と各頂点を結び、その線分上の表情の変化をたどってみることにしよう。悲しみはすすり泣きに、恐怖はこわばりに、ついで無表情に、笑いはしのび笑いにと移ってゆく。ところで注意すべきことは、無表情はやはり一つの表情で、ごく小さなこわばりだということと、しのび笑いはいくら小さくなっても決して微笑にはならないという点だ。では微笑とは何か? 微笑こそ表情の三角形の中点、完全な無表情であったのだ。すべての表情が微笑に向かって解放されてゆく。微笑こそ、完全に非感情的なものを意味する。人は微笑を通してその向うにある表情を読むことは出来ない。有名なモナリザの謎の微笑を想い出してみたまえ。それから主人の前に出た下男の微笑を考えてみたまえ。微笑はどんな視線に対しても鉄の防壁になるのだ。この発見に力を得て、私は再び天国に帰った。

 

少々長ったらしい引用の仕方をしてしまったが、是非この全体を読んでもらいたかったのだ。三角形を用いた表情の分析は見事だと感じた。非常に明快な説明である。実際に図に起こしてみると、さらによく分かるはずだ。

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確かに微笑みがこの表情の三角形の中心に来てしまう。さらに、ここでモナリザを出してくるところが憎い。あの微笑みは確かに絶妙な表情をしているとしか言いようがない。どういった感情を持っているか全くわからず、完璧すぎる故に違和感さえ感じさせる。この違和感が、シュルレアリスム作品に絶妙にフィットすると感じたのは私だけではないはずだ。

 

そして、この微笑みについての話を小泉八雲の日本人の微笑みに関しての分析に繋げたわけだが、それについても詳しく書きたいと思う。前回の記事では、彼の分析の内の道徳観というところに注目して取り上げた。

 

日本人の微笑には感情を堪え、自己を抑制し、己に打ち勝ったものにこそ幸せは訪れるという日本人の道徳観が象徴されていると彼は言う。

『壁』を読んで。 - daikosh's blogより)

 

実はこの表情を代表しているのが鎌倉の大仏だと言っているのだ。ここで、モナリザと鎌倉の大仏が繋がった。しかし、実際に鎌倉の大仏はまだ見たことがないのでなんとも言えないのだが、ネットで写真を見る限りそこまで微笑んでいるようには見えない。実物を見上げてみると微笑んでいるように見えるのだろうか。4月から横浜住みになるので、今年中に足を運ぼうと思う。

加えて、自分の息子が亡くなった時の葬儀での母親の微笑んだ表情を彼はこう分析している。

 

この笑いは自己を押し殺しても礼節を守ろうとするぎりぎりの表現なのである。この笑いが意味しているのはあなた様におかれては私どもに不幸な出来事が起こったとお思いになりましてもどうぞお気を煩わされませんようお願いいたします。失礼をも顧みずこのようなことをお伝えいたしますことをお許しくださいという内容なのである。

小泉八雲著『日本の面影』より)

 

なんとも回りくどい言い方だが、この回りくどさが日本文化の奥ゆかしさに直結するのだろう。これをこのように説明できるラフカディオ・ハーン小泉八雲)は、日本人以上に日本的な感性を持っていたに違いない。さらに、彼はこの微笑みが教養の一つであるとも言っている。

 

日本人の微笑は周りを嫌な気持ちにさせないための配慮気遣いであり、どんな場面でも軋轢なく過ごすための教養のひとつである。

YouTube - 100分de名著 小泉八雲 『異文化の声に耳をすます』より)

 

彼はこれほどにまで日本の文化を持ち上げているのだ。実際、彼は西洋化を推し進めていた当時の日本の知識人や役人を批判しており、日本の文化は庶民にこそ存在するといったようなことを言っている。彼がいかに日本のことをよく知り、愛していたかがよく分かる。合理主義に翻弄されている今を生きる日本人にとって、彼の考えに触れることは日本文化を守っていく上で必要なことではないだろうか。

 

少し話がずれてしまった。今回も「微笑み」についての話だけになってしまったが、このように考察ができる部分が他にも山程存在している作品であった。恐るべしシュルレアリスム文学といった印象だ。また気が向いたらもう一部分について取り上げて記事にしたいと思う。

 

壁 (1951年)

壁 (1951年)

  • 作者:安部 公房
  • 出版社/メーカー: 月曜書房
  • 発売日: 1951
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